まだ意識が低い多言語化の必要性

2019.08.09 Friday

友人が住むマンションでの話。

 

エレベータの中で頻繁に唾を吐く人がいることが管理組合で問題になったらしいです。カメラを設置する案もあったもののコスト面で合わないのでボツ。とりあえず大きな貼り紙を貼ったそうです。

 

でも効果はありません。

 

管理組合で「ポスターを貼ったのに、読んでくれません。」と担当者が言ったので、友人が「だって、日本語でしか書いていないじゃないですか。」と言ったら、みんな不意を突かれたかのようにシーンとなってしまったそうです。(ちなみにその友人は海外生活歴10年以上です。)

 

マンションの住人には外国人も沢山います。訪問者、新聞配達の人、ピザの宅配の人...多くは外国人です。みんな日本語を流ちょうに話すといえども、読めるとは限りません。その人たちにちゃんと読んでもらいたいのであれば、日本語と最低でも英語は必要でしょう。誰もそんなことすら、しかも、考えてもいなかったというのは、あまりにもお粗末です。

 

ヨーロッパでは何世紀も前から多言語表記が当たり前です。アジア諸国でも、英語表記はごく一般的です。

 

同じような例は私も毎日経験しています。観光地の「おもてなし」とか、日本企業の「海外展開」というのも、その程度のことが多々あります。

 

今や毎年3,000万もの人が海外から日本を訪れます。

日本は、まだ課題が山積みのようです。

 

 

 

 


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