車につけるしめ縄

2016.01.04 Monday
昨日書いた凧揚げや駒の話と同様ですが、車につけるしめ縄も最近見なくなりました。

私が子供の頃、乗用車10台中8-9台はしめ縄をフロントグリルにつけていたと思います。で、一昨日ふと道を走っている車を見てみたところ...20台に1台とか、それ以下の割合でした。

そういえば、家の玄関でもしめ縄があるところが減っていると思います。となり近所では0でした。

どうしたのでしょうね?
環境の問題とか予算の問題とかでもなさそうです。オフィス街の多くのビルの入り口にはちゃんと門松が飾ってありますし、あれは神道だからウチには関係ないなんていうこともなさそうです。クリスマスは健在なのだから、こういう文化は宗教的な意味合いから離れているはずです。

思うに、年末年始の休暇が増えて、多くの人が旅行に行くようになったからではないでしょうか?海外旅行者、国内旅行者ともに30年前とは比べ物にならないくらい増えているでしょう。年末年始に家を離れるのなら、家も車もしめ縄はいらないわけです。

子供たちがしめ縄を見て、「あれ、何?」なんて言うようになったら、やっぱりちょっと寂しいですね...。

凧揚げと駒回し

2016.01.03 Sunday
「お正月には凧揚げて、駒を回して遊びましょう♪」というのは歌の話。今の世の中、一体どのくらいの子供たちがこの二つをやっているのでしょう?

統計的には知りませんが、恐らく数十人、あるいは数百人に1人くらいではないでしょうか?少なくともウチの近所で凧揚げを見たことはありません。公園で駒を回している子供を見たこともありません。田舎に行っても、まず見ないですね...。

私はそんな歳でもないですが、でも子供の頃は両方ちゃんとやりました。近所で紙で作られたヤッコダコが売られていました。今はどうなんでしょう?地域によっては禁止されているとこもあるとか?

多分、多くの子供たちはPCやネット、プレステなどのゲームを正月は楽しんでいるのでしょう。

まあそれはそれで文明の進化だし、素晴らしいことですが...。古来の日本文化が衰退していくのは残念です。

難しいホテルの改装

2015.07.03 Friday
用事があり、京都に来ています。

幸い、東京商工会議所の関連で高級ホテルを破格で取ることができて、泊まってみて、ふと気付きました。

さすがにいいホテルだけあり、古いながらもメンテナンスが行き届いており、いたるところが改装されていて快適です。しかし、壁紙、照明、ベッド、シャワー設備、トイレなどは替えることができるものの、バスルームが狭いのは、改装のしようがないのですね。部屋のレイアウトが決まっているために、非常に難しいか、あるいは、ビル全体の建替え以外に不可能なのかも知れません。

最近は外資系を中心として非常にラグジュアリーな最高級ホテルが沢山できています。それらのホテルはバスルームも広くて快適なようです。内装を同じくらいにキレイにすることはできても、バスルームの広さに対抗するのは、至難です

色々な物事に共通して言えますが、一度作ったものを変えることは、時としてとても難しいことだと思います。

 

渋谷再開発

2015.06.21 Sunday
ニュースなどで報道されている通り、今、渋谷駅近辺が大きく変わろうとしています。単なるリニューアルなどではなく、渋谷という世界有数の街そのものが根底から変わるくらいの大開発です。

IMG_6405.JPG

写真は先週ヒカリエから撮った渋谷駅です。赤いクレーンがある辺りが東横線渋谷駅の跡でしょう。(多分。)ここに巨大なビルが建つのです。で、これはほんの一部分に過ぎません。駅の反対側、その向こう側も含めての再開発なので、1つの巨大な街が新たに出来上がるような感じです。

私にとっては高校生の頃からの思い出がタップリある街なので、古いものが無くなっていくのは寂しい気もします。でも、これが進化というものなのでしょう。

最終完成は2027年の予定だそうです。
その頃には私の会社も、新しい高級ビルにオフィスを構えられるようにしなくてはいけませんね。

「国内最大級」という表現

2014.10.06 Monday
今日の台風のニュースをネットで見ていて、「今年最大クラス」と書いてあるのに気付き、ふと考えました。

「今年最大クラス」って、ハッキリしない、何かひっかかる表現ですよね。実際は「今年最大」なのでしょう。「国内最大級の施設」と言った時も、大抵は国内最大なのです。

しかし、広告などで「国内最大」とハッキリ言い切らない元々の理由の一つとしては、不当表示防止法や公正取引委員会、消費者庁などの規制があると思います。

「最大」を言い切るためには客観的な根拠が必要です。しかし客観的な根拠と言ってもその内容まで定義されているわけでもなく、またその客観的根拠が100%正しいというためには、また更なる根拠が必要です。何か少しでも違ったらとがめられる可能性が大です。ならば、最初から「最大級」にしておけば問題ないということでしょう。

(そのためか、「最大」と言い切る表現が使われている時は、「*当社比較」とか、通常は根拠が書いてあります。)

ただですね...。

私個人的には、この断言を避ける表現は嫌いです。なんかハッキリしない、語尾を濁すようなところがります。若者表現の、「XXって感じかな?」などと共通するところがあります。

「最大級」なんて表現が普及するのは、過剰な規制に加えて、断言を避ける日本的な文化と最近の若者文化があるような気がするのです...。